農style fileVol.8

2010.09.02 UP

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小林卓也さん

さまざまな農スタイルの中で
僕が選んだのは、有機農業だった。

心の中で育まれていった有機農業への思い。

札幌中心部からクルマでわずか30分。石狩市花畔で有機農業を営む若者がいる。名前は小林卓也さん。農園の名は、有機野菜と出会ったアルバイト先の居酒屋の屋号から「はるきちオーガニックファーム」と名付けられている。
もともと農家の息子として育った彼だが、高校時代は農業よりも環境問題を研究したいという思いがあったため、高校卒業後は北海道大学の工学部環境工学科に進学した。しかしそこで畑作地帯の地下水の研究(化学肥料と化学合成農薬の使用による地下水や周辺環境への汚染影響)をするうちに、有機農業に対する興味が次第に高まっていく。さらに前述の有機野菜を使った居酒屋でのアルバイトや、バイト先でのさまざまな方との出会い、自炊生活の中で湧いてきた食材の残留農薬や添加物への関心、さらにイタリア・ドイツ・ベルギーなどの有機農業の本場を巡る卒業旅行の中で、有機農業や食物の安全性に対する関心は、いつしか本物となっていった。
そして大学院を卒業して1年目、2004年の春。“有機野菜を探し求める需要の大きさと、有機野菜がとても高くて流通量が小さいこと気づいた”という小林さんは、実家の耕作放棄地を耕し、農園を開いたのである。
「仲間や賛同者の協力を仰ぎながらのスタート、実家が農家で機械や道具を借りられるという環境もあり、無理なく始めることができました。ただ初年度は、土壌に対する知識不足や台風をはじめとする天災、不十分な除草対策などいくつもの問題が発生し、思い描いたような成果は得られずじまいでしたね」
その後、数え切れない試行錯誤、さまざまな方のサポートやアドバイス、さらに農業リポーターとして訪れたキューバでの視察経験などを糧に、小林さんは一歩ずつ有機農業を確立させていく。気がつけば、はるきちオーガニックファームも今年で7年目。作物のおいしさや独特の営農スタイルから、人気と注目を集め始めている。

有機農業の本質を、もっと理解してほしい。

はるきちオーガニックファームのホームページ。農園を紹介するコンテンツにこんな一説がある。
──虫に食べられている野菜は美味しい、ということは正しくありません(美味しくない、ということではありません)。正しくは、健康的に育った野菜は虫に食べられることが少なく、美味しく、健康的。生命力が強く、体が丈夫だからです。
「例えばキャベツ。土の中の栄養バランスが崩れるとどうしても葉が軟弱になるんです。蝶が卵を産むのはそういう部分。軟弱な葉、細胞壁の弱い部分を子供に食べさせようとするからです。でも有機栽培でバランス良く育てると、しっかりとした丈夫なキャベツになる。当然虫も寄りづらくなります。健康な人が病気になりにくいのと同じ理屈です」
そんな有機農業の常識は、一般の人にはほとんど知られていない。それだけではない。有機という言葉こそ日常的になってはいるが、野菜売り場で一般より割高な有機野菜をあえて購入する消費者が、果たしてどれだけいるか。あるいは有機農業に憧れやビジネスチャンスを感じ取って新規就農したものの、すぐさま挫折し離農していく人がどれだけいるか…。すべては有機農業の本質に対する理解不足から生じている、というのが小林さんの意見だ。
「有機農業への取り組みは今や世界的な潮流です。アメリカやイギリス、ドイツなど、農業総生産の10%以上が有機野菜という国も少なくありませんから。そしてこの流れの根底にあるのは、地元の有機野菜を購入することで地元の自然環境を守ろうとする共通認識なんです。でも我が国は有機野菜の割合が全体の0.2%程度。CO2削減に対する意気込みがばかりクローズアップされるけれど、実情が伴っていないのが日本なんです」
有機農業とは、農薬や化学肥料を使わない野菜づくりという表層的な営みではなく、地球環境の保全や後世への伝承などの大きな視点と未来的な視野で取り組んでいるもの。それを一人でも多くの方に伝えたいから、小林さんはマスコミの取材も進んで受けるし、消費者とふれあえるチャンスがあれば、積極的に足を運び顔を出す。wwoofホスト(有機農業のファームステイ)のボランティアを募集したり、若者たちで賑わう夏の音楽の祭典「ライジングサン」とコラボした循環型農業に取り組むのもこうした意思の表れだ。消費者とつながり、消費者に理解を得、消費者に支えて頂く。少しずつ根付き始めた「有機農業の芽」を育んでいくのは、こうした地道な活動意外にはない。
「だから直売所の顧客さんやイベントで出会ったお客さんから、“おいしい”とか“野菜本来の味がする”なんて声を聞くと嬉しいですよ。たとえ小さな感想やささやかな意見でも、それが有機農業の本質を知る一歩につながっていくはずだから。なにより有機農業を続けていく自分への大きな励みになります」

農業を魅力的な仕事、伝承される仕事に。

インタビューの終わりを、小林さんはこう締めくくった。
「農業とはとても複雑で複合的なものなので、“これが正解”ということはないと思っています。僕は有機農業を選びましたが、必要最低限の農薬や化学肥料を用いた計画的な営農を否定するつもりもありません。既存の体制に依存せざるをえない農家や、慣行農業に誇りを抱いている生産者だって大勢いるはずです。新規就農者にしたって、大規模でも小規模でも、あるいは普段の生活にささやかな農を取り入れるのだって構わない。人それぞれの農スタイルが共存することが重要だと思うのです。ただせめて思うのは、農に携わる全ての人が、いい方向、いい未来に向いていければいいなと。目指しているものは多少違っても、農業が自然環境と共存する持続可能なものであり、次世代に継承されていく魅力ある産業にならなければならないと思います。」
世界の中の日本の農業を憂う一方で、地域に根づくささやかな農の営みを慈しむ。理想と現実、目指すべき未来とその根底にある現在。その双方をしっかり見据える彼が、なんとも人間っぽく、なんとも逞しく、なんともさわやかに映った。

取材・文 山本 公紀

写真 亀谷 光

はるきちオーガニックファーム
直売所/北海道石狩市花畔363-13
畑/北海道石狩市美登位498
0133-64-2095
http://www.harukichi-farm.com/
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