農style fileVol.14

2012.01.18 UP

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lalalaFarm 服部吉弘さん

理系アタマで向き合う農の世界

ニセコで新規就農してまる2年。夢に向かって着実に歩んでいる若い農家がいる。Niseko lalalaFarm(ニセコ ラララファーム)の服部吉弘さんだ。

一度だけの人生だから、まずまずでは嫌だった。

服部さんは名古屋出身。大学に進学して、土質について研究した。新卒で入社したのは道路をつくる会社で、土木施工管理が仕事だった。予算配分や工程管理…道路の施工管理は、様々なことをまるで経営者のように自分で切り盛りしなければならない。大変だけれど、人のためになっているという自負があり、自分は“地球の彫刻家”なのだと信じて、楽しみながら仕事をしていた。順調に社会人生活を送っていたが、30歳になる前には一度人生を見直そうと決めていた。20代最後の誕生日が迫ったゴールデンウィーク、帰省をして地元の友人たちに会い、人生の転機を迎えていた彼らと語り合ったこともきっかけとなった。「道路をつくることは自然を壊すことで、人には誇れないことなのかも」と感じるようになっていた服部さんは、自分の人生を真剣に考える。これからどういうふうに生きようか。「一度だけの人生だから、まずまずの人生ではなく、好きなことをしたい」。出した答えが、農業だった。農業は「自然環境を壊さない、人に喜ばれる、自分の好きなことである」という点を、すべて満たしていたのだ。それに、学生時代の研究で身につけた知識や、仕事で培った施工管理のノウハウは、農業に活かせる。そう気づいたことも、決意を後押しした。すぐ、会社に退職願を出す。しかし、強い引き留めにあった。何度話し合っても諦めない服部さんに、上司は「農業の現実を自分の目で見ておいで」と言ったという。農業の厳しい現実を見れば諦めてくれると考えたのだ。さっそく、服部さんは北海道に飛ぶ。そこには、上司の思いとは裏腹に、自分が思い描いた憧れの世界が広がっていた。

まずは結果を見て、それから過程を学ぶ。

決めたら早い。その年の夏、有給休暇を使ってニセコを見学。秋にはそのまま研修に入る。上司ももう留めなかった。新しい人生を応援してくれたという。2006年のことだ。研修は、農作業が始まる春先から収穫を終える秋までを1サイクルとして、2期というのが通常。服部さんはなぜ、翌春を待たずして研修に入ったのか?「数学の勉強と同じです。まず答えを先に見てしまう。それから、解き方を覚える。僕はそういう勉強の仕方をしていたから、農業も同じように考えたのです。まず収穫の状態を見る、それから作る過程を学んでいこうと」。ゴールを見るところから始まった研修では、いもやかぼちゃなどの畑作を学んだ。研修の間も服部さんは考えていた。資金がない自分にできる身の丈に合った農業は、機械に頼らずに小規模でできるもの。イチゴかトマトか…。毎日食べるものがいい。ほかと同じではダメ、特長がなければ。そして、2008年、甘いトマトで有名な余市の中野農園でさらに研修を積む。“奇跡のりんご”の木村秋則さんの本に出会ったのは、この頃のこと。「無肥料・無農薬の自然栽培」を目標に定めた。2010年、羊蹄山を目の前に望む畑で、いよいよ自分の農業をスタートさせる。自然栽培を目指したものの、収入のメインと考えているハウスのトマトは有機肥料で育てることにした。それ以外の作物を露地で、自然栽培してみようと決めた。理想を追いながらも、リスク分散するなど冷静に営農する。そこが、服部さんのすごいところだと思う。熱心に勉強を続け、人の話に耳を傾け、そのなかで自分が納得したものを取り入れて、まるで実験のように自分の畑で試してみる。そうやって、思い描いた計画を着々と実現しているのだ。

1年目からトマトジュースの加工を実現。

服部さんにとってラッキーだったことがある。余市の研修先の縁で、就農1年目からトマトジュースの加工ができたこと。夏は売りものがたくさんあるけれど、冬は出荷できるものがない農家にとって、冬にゆっくり売れるジュースは、リスクよりもメリットが大きい。トマトでやっていこうと決めたときからジュースの加工を考えていたというが、1年目から実現できたというのは、やはり幸運だ。めぐり合った人たちとの縁を大切にする服部さんだからこそ、つかめた幸運なのだろう。服部さんは、ジュースにするならトマトの見た目は関係がないと、原産国である南米アンデスの環境を再現し、何よりも糖度を優先して栽培している。自分でデザインしたというおしゃれなラベルが貼られたlalalaFarmのトマトジュース。原材料は、トマトのみ。トマトが甘いから、塩は要らないのだ。びっくりするほど甘くて、それは本当に未体験の甘さなのだけれど、服部さんはまだまだだと言う。いずれはトマトも無肥料・無農薬の自然栽培にして、それで甘いトマトジュースをつくりたいそうだ。「同じことを繰り返すだけではつまらないから」と言いながら、トマトの自然栽培にチャレンジする計画をすでに立てている。次のシーズンに、いま4棟あるハウスの1棟で不耕起栽培を、もう1棟で自然栽培との融合を、新たに増やす予定の1棟で自然栽培を試すつもりだ。しっかりとリスク分散しながら、着実に進んでいく。自分の思いがつまったトマトジュースは、まずは身近にいる地元の人たちに知ってほしい。そういう気持ちもあるようだが、実際、服部さんのトマトジュースは、たくさんの友人たちがクチコミで広げてくれているという。服部さんは、とにかく「人」をとても大切にしている。「研修期間からたくさんの人に助けてもらい、そのありがたみが身にしみているから」とさらりと話してくれた。農作業がない冬、服部さんはスキー場やレストランでアルバイトをして過ごす。いろいろな経験ができ、自分の感性を磨ける。外国人観光客も多いから、英語の勉強にもなる。たくさんの出会いがある。そのひとつひとつがすべて、理想とする農を形づくっている。

歌うように、楽しく農業を。

最後に、これから目指すところを訊いてみた。「都会の若者たちがうらやましがるような、おしゃれでかっこいい農業をすること」そういう答えが返ってきた。食べることは、生きること。人の根幹である活動に、農業は直結している。きちんと食べることが健康を支え、健康が好きなことをやり続けるのを可能にする。みんなが健康なら、医療費の問題だって解決するだろう。服部さんは社会全体を見ながら、農業をしている。いや、そもそも人間は循環している自然の一部なのだという考えのもと、農業にたずさわっている。服部さんの思いは、壮大で熱い。それでも、まず自分にできるのは、おいしい野菜を作ること。安心安全でおいしいものを生活者に届けたいと努力を重ねている。「おいしくて、安心安全で、おしゃれだったら完璧じゃない?」と服部さんは笑う。「僕の作った野菜を食べたひとたちが、笑顔になるように。その笑顔を想いながら、僕が楽しく農業をできるように」。農場名のlalalaには、そういう願いが込められている。

取材・文 一條 亜紀枝

写真 亀谷 光

Niseko lalala Farm(ニセコ ラララファーム)
ニセコ町近藤391番地
TEL & FAX:0136-55-8522
http://rf44.exblog.jp/
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