農style fileVol.16

2012.12.03 UP

home > 農style file > Vol.16 秀峰八剣山のふもとでワインとカルチャーをつくる人

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八剣山ワイナリー 亀和田俊一さん

秀峰八剣山のふもとで
ワインとカルチャーをつくる人

札幌市南区砥山。中山峠に向かう国道230号から北に折れてしばらく進むと、緑の樹木に覆われた山肌の頂きに、剣のように切り立った岩塊が見えてくる。特徴的な外観で知られる八剣山である。この秀峰が見下ろす平地の一角、甘い香りを漂わせるぶどう園とモダンなデザインの研究所からなるワイン醸造施設が、八剣山ワイナリー。ここで札幌の地ワインづくりや、それを介した地域の活性化に取り組む亀和田俊一さんにお話を伺った。

緑の山に映えるレンガ色の建物、パラソルとチェアがレイアウトされた美しいクローバーの緑地、そしてぶどう園。まるで北欧のリゾート地を思わせるような光景だが、数年前まで、一帯は離農跡の荒れた雑木林だったという。

八剣山周辺の風景に惹かれた亀和田さんが、現在も経営している企業の社用地という形でここを購入したのは1996年のこと。当初から十数年間は、仲間や知人を集めて山菜を採ったり、小さな畑を作ったりBBQなどのアウトドアを楽しむという、いわゆる大人たちの山遊びの舞台だった。しかし年を重ねるに従い、この土地をもっと有効に活用したいという思いが亀和田さんの心に膨らんでいく。

「美しい自然、四季折々の風景、実り豊かな果樹園そして札幌市街地に近接するというロケーション。八剣山の周辺は、資源の宝庫です。この潜在的な魅力をきちんと整備し、多くの人を招きたい、次世代にも引き継いでいきたい、そんな気持ちが強くなったんです」

とはいえ、北海道は観光王国。景観だけで人は呼べない。この地ならではの自立した経済活動を根づかせることが必須と亀和田さんは考えた。その時、はたとひらめいたのが、ワインづくりだった。

「実はその数年前からぶどうを栽培しており、出来も満足いくものでした。このぶどうを醸造するワイナリーが、この美しい景観の中にできたらどんなに素敵だろうと。まぁ自分がワイン好きということも大いに関係がありましたけれどね(笑)」

八剣山のふもとでオリジナルのワインをつくる。この壮大な計画を実現するためには、乗り越えなければならないいくつもの壁があった。

例えば技術。ワイン好きではあったが、その醸造に関しては全くの素人。専門書を探そうにも、酒税法が施行される日本には、小規模ワイン醸造の資料などあるはずもない。そこで亀和田さんはアメリカのワイン醸造の専門書を取り寄せ、日本語に翻訳しながら学ぶという、なんとも斬新な試みにチャレンジした。

「畑の作り方や品種選定から栽培、病害虫対策さらに醸造方法まで、ワインづくりのノウハウがびっしり書かれた理想の本。基礎的なことは、ほとんどこの本で学びました」

しかも亀和田さんは、翻訳した原稿をもとに同書の日本語版の出版にも取り組んだというから驚きだ。ノウハウだけでなく、販売して資金の足しにしようとするあたりに、亀和田さんの巧みなビジネスセンスが見え隠れしている。ちなみに、日本語版は1000部ほど印刷して約一年で完売。現在第二版が販売されている。もちろんこうした座学だけではなく、札幌郊外の小さなワイナリーの研修生にもなり、亀和田さんはさまざまな実践的経験を積んでいったのだ。

資金集めも大きな課題だった。

「ぶどう園の整備に醸造設備やオフィスの建設、さらに仕込みから出荷に関わる経費等々、個人ではとうてい調達しきれない金額でした」

ただ、そのための先手は打ってあった。醸造技術を磨く傍ら亀和田さんは、以前から親交のあった仲間や関係団体、農業クラブや研究機関、さらに北海道中小企業家同友会などに呼びかけ、八剣山の資源や産業風土の保全・活用をともに考えるシンポジウムを開催。と同時に、「八剣山地域フルーツ産業創生事業計画推進協議会」を設立し、その事業活動の一環としてワイナリーの整備を提唱したのだ。協議会はワイナリーの支援グループとしても機能することとなり、その結果多くの企業や篤志家が資本を提供。さらに300名を越える個人サポーターも資金調達のための大きな基盤となった。

その後も、都市計画法などの法的規制への応対、具体的な醸造施設や建造物の設計・建設、ぶどう栽培の農業法人や醸造に関する研究所の設立、さらにワインのブランドネーミングや商標登録など、課題や案件は山積していた。しかし亀和田さんは決して諦めることなく、課題の一つ一つに辛抱強く取り組み、解決策を見いだしていく。その原動力となり潤滑油となったのは、亀和田さんが大切に培ってきた人脈だった。

「昔からの山遊びの友人とか、ビジネスで知り合った仲間、地元の有志の方々など、たくさんの人たちがさまざまな場面で応援してくれました」

例えば、醸造研究所の設計デザインを引き受けてくれたのは、自宅や会社の社屋の設計で親交の長い地元の設計家。”お金はないのだけど”という依頼にも厭な顔一つせず、八剣山の風景にしなやかに調和する見事な意匠を提供してくれたという。

そんな方々のあたたかいエールを追い風に、2010年にぶどう畑の本格的な拡大整備に着手、翌年10月には早々とワインの初仕込みにチャレンジし、今年春には初出荷を成し遂げることができた。十数年の歳月とさまざまな困難を経て、八剣山ワイナリーが本格的に稼働した瞬間でもあった。

赤ワインやスパークリングワインのほか、地元果樹園の果実を原料とした梅ワイン、リンゴワイン、さらにシードルやジャム、シロップ、エトセトラ。八剣山ワイナリーのラインナップは、初年度と思えないほど充実している。「ドライでおいしい」「透明感があり、香りが華やか」「一言で表すなら、美しい飲みもの」など、表現こそさまざまだが評判は上々。白のスパークリングワインに関しては発売間もなく完売となった。

「宣伝に経費をかける余裕がないため、ほとんどが口コミ。それでも初年度でここまで評価され、手応えを感じています」

順調なすべり出しを迎えた八剣山ワイナリー。しかしこの施設の開業は、亀和田さんの構想の中ではプロローグにしか過ぎない。八剣山周辺に多くの観光客や市民が足を運ぶようになること、周辺地域の経済や人々の交流が活性化していくことが、亀和田さんが思い描くビジョンだからだ。

「そのためには観光資源を結ぶ工夫や体験プログラムの用意、さらに地域住民の参加も不可欠です。観光資源だけではなく、そこならではのカルチャーが生まれて、初めて人が訪れてくれるようになるんです」

そのあたりの準備も周到なのが亀和田さん。ワイナリーの運営と併行し、協議会メンバーや有志の協力を仰ぎながら、ワイナリー周辺の休憩所の整備、地域の観光拠点を結んだマップづくり、ビジターセンターの開設、地域レンタサイクルの開始、地域の特産物を提供するあおぞら市の開催など、すでにさまざまな活動に取り組んでいる。

美しい景勝地から魅力あふれる観光地へ。八剣山に人を招き、地域が活性化するカルチャーづくりがすでに着々と進行しているのだ。

物事の先を読む視点と、人の心を動かすセンス。常に冷静沈着な亀和田さんに、八剣山に全身全霊を傾ける理由を尋ねてみると、実に意外な答えが返ってきた。
「それは僕が、あの山に、恋をしてしまったからですよ」

追記
カルチャーが地域にしっかりと根づくには、1世紀以上の歳月が必要だというのが、亀和田さんの持論だ。
「だから自分もこの先、少なくとも百年は生きないとね(笑)」

ワインのご注文、友の会やサポーターメンバー登録は下記ホームページから
http://www.hakkenzanwinery.com/

取材・文 山本 公紀

写真 亀谷 光

八剣山ワイナリー
札幌市南区砥山194-1
TEL & FAX:011-596-3981
http://www.hakkenzanwinery.com/
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