農style fileVol.24

2016.12.13 UP

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えづらファーム / 自然卵養鶏 平岡農園 / パン酵房fu-sora / べにや長谷川商店

いいね!農style×Cho-co-tto×北海道食べる通信 3媒体コラボ企画 遠軽の魅力的な
生産者に会いに行こう。

遠軽町と聞くと何を思い浮かべるだろう。瞰望岩、コスモス園、近隣町村合併、鉄道マニアなら「遠軽駅のスイッチバックでしょ」なんて答えるかも。実は遠軽町は、小麦や馬鈴薯、玉ねぎ、大豆、ブロッコリーなどを生産する「農のまち」という一面も有している。そして、その生産や加工の現場に、実に魅力的な方々がいるという話を耳にした。澄んだ秋風がそよぐ11月。取材班は遠軽を目指した。

常識を覆す大規模畑作の新規就農。
その後の実行力にも脱帽…

遠軽町の西部。四方を美しい山々に囲まれた大きな箱庭のような一帯がある。かつては自治体として村名も有していた白滝地区。最初にお話を聞いたのは江面暁人さん。2012年から奥様の陽子さんとともに新規就農者として畑作を営んでいる。作付けしているのはビートやじゃがいも、小麦。何より驚くのはその経営規模だ。
「42 ha。東京ドーム約9個分になりますね」暁人さんがさらりという。
一般的に新規就農者は数ha以下の手頃なサイズの農地で、野菜栽培や施設園芸からスタートする場合が多い。資金面の課題に加え、新規就農者が広い畑を手にする機会そのものが少ないからだ。しかし暁人さんはあえて大規模にこだわった。
「大規模畑作は農地の購入から機械の買い上げまで、大きな借金を抱えます。干ばつや冷害などの影響も大きい。リスクは半端じゃないです。でもそのリスクに見合っただけの大きな収入がある。小規模じゃ絶対に稼げない額です」
農の道を目指そうと考えた時から、経営面でも成功したいという思いが暁人さんにはあった。生半可な気持ちではなく、より多くの報酬を得る職業として農業を選んだという自負もあった。
「やるからには大きく成功したい。自分は大規模畑作にかけようと思ったんです」
その後知人のツテを介し、遠軽町白滝地区で大規模畑作を手がける畑作農家さんと知り合い、その後事業継承を実現させたのだ。

実は江面さんを取材したのは二度目だ。前回は就農二年目の夏。初年度の成果を伺うと「収穫量も収入面でも順調なスタート、ほっとしました」と答えてくれた。
それから二年。収穫の順調さは変わらないが、えづらファームの経営スタイルや事業領域は大きな進化を遂げていた。まずは商品のブランディングとSNS的販売戦略。
「北海道一標高が高い産地という特徴をイメージさせる『白滝じゃが』、越冬させて甘みを増した『越冬じゃがいも』、それを雪の中で夏まで保存した『かまくらじゃがいも』などのブランディングを手がけました。それらをネットでも販売しています」
基本スタンスは、安売りしないということ。希少品種の生産などにもチャレンジし、少量高付加価値というスタイルを目指している。
2015年からは旅館業の認可を得、農家民宿を開業した。
「農村の暮らしは素敵だけど、刺激が少ないのも事実です。平穏な日々がただの惰性になっていくのはいいことではありません。かといって、自分たちからはなかなか足を運べない。それならいっそ、都会から人を招いてみようと考えました」
2年間で足を運んでくれた客はおよそ300人。農業体験、薪割り、かまくらづくり、ヒンメリ制作など手作りの体験メニューも用意した。三度の食事は江面家族と客が一緒に食卓を囲む。
「これはビジネスというより、価値観を共有できる方々とのネットワークを広げたり、農業の魅力を発信したり、畑作との相乗効果というか、全ては繋がっているのです」
そのほか農作業とビジネス研修をリンクさせた『農村型企業研修』の開催、地域の過疎化対策にも貢献する『住み込みボランティアバイトの受け入れ』、さらに遠軽のまちおこしの一助になればとの思いから、陽子さんが中心となって、これまでは使用していなかった麦わらを活用しフィンランドの伝統的な麦わら細工をつくる『えんがるヒンメリの会 aurinko』も発足させた。
わずか4年でこんなにものプランを思いついたこと。さらにその全てちゃんと実行し成果を得ていることに驚く取材陣を見て、暁人さんはこういう。
「すべての原点は大規模畑作です。大規模は大型の機械を導入できるから、時間の余裕ができ、民宿を手伝えるし、新しいビジネスにも挑戦できます。規模が大きいとある程度の雇用を確保できますし、研修にも使えるわけです」
来年、再来年、その先。えづらファームはどんな進化をし、夫婦はどんな成長を遂げていくのだろう。これはしばらく目が離せない。

平岡さんが自然卵にこだわる理由にナットク…

江面さんの畑から数百メートル。沿道に「自然卵450円」という小さなサインが掲げられている。ともすれば見落としてしまいそうなその木片を目印に奥へと進むと、手作り感たっぷりの鶏舎が現れた。奥様とともにこの「自然卵養鶏 平岡農園」を営むのは平岡 哲さん。
出身は神戸。学校を卒業し地元の一般企業に勤めた。結婚もし子供生まれた。「平凡な暮らしでしたが、その一方でこのまま自分が40歳、50歳になっていくのは想像できませんでした」そんな折、バブル崩壊の影響で勤務していた会社が倒産。これを平岡さんは人生のチャンスと捉えた。
「どうせなら以前から関心のあった、食にまつわる仕事に就こうと」
勤務地は大好きな北海道に決めていた。飛び込みで訪ねた道庁の担い手センター、そこで紹介されたのが白滝村(当時)の酪農ヘルパーの仕事だった。
「一度も訪れたことのない場所でしたが、それでもスケールのデカイ自然にすぐに魅了されました」
数年間はヘルパーの仕事に没頭したが、その内、自分でも食を提供する仕事に就きたいという思いが芽生えた。
「ただ牧場経営や大規模な農業では、荷が重すぎる。導かれるようにたどり着いたのが養鶏。これなら身の丈にあってると」
平岡さんら家族は、上支湧別の離農農家の家を借り「平岡農園」を設立、わずか100羽からの小さな養鶏を始めた。遠軽町に移り住んで6年目のことだった。

平岡農園が当初から手がけたのは自然卵養鶏だ。
「神戸にいた時代から無農薬野菜を選ぶなど、食の安全には気を配っていました。もう子どももいましたしね。なので、自分が養鶏玉子を手掛けるなら薬剤や添加物とは無関係な、自然に近いスタイルにしようと考えていたんです」
鶏に与えるのは、道産規格外小麦や紋別産ホタテ貝殻、国産生米ぬか、道産魚粉(酸化防止剤無添加)などを自家配合して発酵させたもの。まさに有機物の宝庫だ。さらに季節に応じて牧草、かぼちゃ、人参、デントコーンなどもたっぷり与える。もちろん合成添加物や着色料、抗生物質などの人工的な薬剤を含んでいないことが絶対条件だ。
「黄身の色を濃くしたり、白身の盛り上がりを高めたり… 着色料や添加物を使えば、玉子の見栄えを変えるのは簡単。玉子はそれくらい親鶏の餌をダイレクトに反映する食品なんです」
親鳥が化学物質を食べれば、そのまま玉子に移行するということ…
「そんなの誰も望まないですよね。なので自分が自然卵をつくろうと考えたのも、まさに『自然なこと』なんですよ」
平岡さんが養鶏を手がけてもうすぐ20年。最初は10羽から始まった養鶏も、今では1,000羽近くになっている。その数は平岡さんの玉子に寄せる思いの広がりをも意味している。

ご無沙汰しています、お元気ですか、fu-soraの滝澤さん。

クルマをUターンさせ向かったのは、廃校となった支湧別中学校跡地にある「パン酵房 fu-sora」の工房。挨拶がてらに立ち寄ると、その日も滝澤博良さん愛実さん夫妻がパンを焼いていた。
ご夫婦には「いいね!農style vol.3」に登場していただいた。大阪から家族で移住した話、白滝の大地が育てた小麦でつくるパンの話、愛娘たちの成長と自立の話…心打つエピソードをたっぷり伺った。
滝澤さんが自ら育てた小麦で焼いたパンは、もちろん取材陣も味わったことがある。噛めば噛むほど小麦の甘みをじわじわと感じる、これが本物のパンの味なんだと感動した記憶が蘇る。
ただ、パンづくりに対する頑固さ、寸分も妥協もしないスタイルを貫く滝澤さんは、自分よりも美味しい有機小麦をつくる生産者に出会ってしまったのだ。だから、今はその農家の小麦を中心にパンを焼いているが、自分が納得できる小麦づくりへのチャレンジは続けている。農薬も化学肥料も使わずに自然の循環の中で美味しい小麦を育てるのは簡単ではない、でもそれはfu-soraの原点でもあるから、決して諦めない。
そんな頑固さがパンにも滲み出ているからか、ネット販売の顧客数も着実に増え、道内各地のマルシェ主催者からもひっきりなしに声が掛かる。今やfu-soraのパンは、超がつく人気商品だ。その多忙ぶりを見かねたのか、下の娘さんが手伝いを申し出てくれたそう。
「娘だけでなく、いろんな若い人たちがこの白滝に集ってくれたら、って最近思うんだよね。長く住めば住むほど、自然も人も、本当に素敵なところだから」

手間暇かかるけれど、なによりおいしい!在来種の豆。

最後は遠軽のマチナカへ。その商店街の一角で在来種の豆を全国に送り届けているのが、べにや長谷川商店。
「昔の農家さんは自分たちが食べる用に在来種の豆をつくっていたのよ、ちゃんと自家採取でね」
そう語るのは同店の名物お母さん、長谷川ミヨさん。娘の清美さんとともに在来種の提供のほか、イベントや町内会などの場でその美味しい食べ方も伝えている。
かつては至る所で目にした在来種の豆だが、豆栽培にも効率を重視する風潮が広まり、昭和の後期には豆の主役は育成品種になっていく。形が不揃いで収量も少なく機械化にも向かない在来種は、脇に追いやられてしまったわけだ。
表舞台からは姿を消した在来種だったが、生命力逞しきその豆たちは、 農家の畑の片隅でひっそりと種を継いでいた。それを知り合いの農家で偶然見つけたのが、ミヨさんのご主人の清繁さん。
「貝豆という種類。主人はそのなつかしい味に魅了され、知り合いの農家さんに少しずつ作付けをお願いしていったの」
当初は知り合いに提供する程度の取り組みだったが、 べにや長谷川商店に小さな転機が訪れる。それは東京で開催された遠軽物産展。
「私が前川金時という在来種の豆を持っていったら、「見たことのない豆」とか「料理方法は?」とかいうお客様でいっぱいになったの。作ったのをたべていただいたら、みんな美味しいって。結局全部売れちゃった」
そこからべにや長谷川商店は、遠軽周辺の農家さんに在来種の作付けをお願いし、ネットなどを介して全国の飲食店や顧客のオーダーに応対するように。さらにイベントや展示会を催したり、在来種の情報や郷土豆料理のレシピをまとめた本の出版にも取り組んだ。中でも在来種畑のオーナーになる「豆くらぶ」や豆専門の料理教室「お豆の学校」は大人気だ。
おいしいから、というそれだけの理由で何十年も作られてきた在来種。
一度は途絶えかけたその貴重なルーツを今に伝え続けるべにや長谷川商店にエールを、そして美味しいぽたぽた焼をごちそうしてくれたミヨさんにありがとうの言葉を送りたい。

わずか一泊二日の遠軽の農スタイルツアー。結局会えたのは5人ほど。噂によるとまだまだユニークな生産者がいるとか。これは近いうちにもう一度、遠軽のフカボリ取材に出向かなければ。帰りの車中で取材陣はそう感じたのである。

取材・文 山本 公紀

写真 工藤 了

農styleがみつけた!縁Girl

辻本宣子さん(写真左) 栄養士・雑穀アドバイザー・乾物マエストロ上級・豆腐マイスター認定講師などなど、数々の肩書きを持つ辻本さん。
ご自身でも料理教室開きながら、豆料理や漬け物・お赤飯など、伝統料理の魅力を発信しています。

長谷川ミヨさん(写真右) 記事中にも登場するべにや長谷川商店の名物お母さん。娘の清美さんと共に、在来種の豆の素晴らしさを発信しています。
昔ながらのでんぷん団子、ばたばた焼きで「北海道の食の名人」になり、各種イベントで味わうことができます。

おしらせ

2017年1月29日(日)、3媒体+飲食店がコラボして、遠軽町をまるごと楽しめるイベントを開催します!!
※詳細はイベントページにてご確認ください。

遠軽のいろいろが楽しめちゃう「遠軽マーケット」 【日 時】2017年1月29日(日) 11:00~16:00
【場 所】EDiT(札幌市中央区南2条西6丁目13-1 南2西6ビル B1F)
【入場料】無料
【内 容】ヒンメリの販売 / 豆の販売~べにや長谷川商店 / パンの販売~パン酵房fu-sora / 農産物販売~えづらファーム / 豆料理~PACE 他、遠軽にまつわるあれこれが大集合します!

PACE日戸シェフと敏腕出張料理人 貴田岡シェフのコラボ企画。「一日限りの遠軽ナイト」 【日 時】2017年1月29日(日) 17:30~20:30
【場 所】PACE(札幌市中央区南4条西5丁目 東急プラザ109 1F)
【料 金】4,000円 ドリンク飲み放題付き
☆遠軽プチマルシェも同時開催!

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