農style fileVol.26

2018.02.09 UP

home > 農style file > Vol.26 酪農が苦手で畜産にスイッチ?!人気急上昇のブランド牛『こぶ黒』の誕生秘話に迫る。

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株式会社まつもと牧場 松本 尚志さん 照世さん

酪農が苦手で畜産にスイッチ?!
人気急上昇のブランド牛
『こぶ黒』の誕生秘話に迫る。

新ひだか町の三石川上地区。競走馬の牧場が連なる山あいを行くと、近代的な牛舎と洋風の洒落た家屋が見えてきました。ここが今回お話を伺うまつもと牧場。「こぶ黒」なるユニークなブランド牛の生産で、最近にわかに注目を集めている牧場です。お話を伺ったのはオーナーの松本尚志さん。

およそ10年をかけて
酪農から肉牛生産への計画的移行。

「農家としては三代目になります。祖父は水稲で父は酪農、実は肉牛をやり始めたのは自分の代からなんです」
尚志さんが卒業したのは江別の農業系の高校。しかしすぐには実家に戻らずトラック運転手やガソリンスタンド勤務などを経験、20歳の時に奥様の照世さんと出会い結婚します。
「その後3人の子どもを授かりました。自分自身長男でもありましたし、23歳の時にそろそろ実家の牧場を継ごうかと、半ば仕方なく三石に戻りました」
ん? 仕方なく?
「実は自分は搾乳作業が大の苦手。酪農が性に合わなかったんです。とはいうものの、継がないという選択肢はなかったですからね、なのでしぶしぶ(笑)」

牧場勤務が始まったのは尚志さん23歳、照世さん25歳のとき。当初は先代が手掛けていた酪農作業をサポートしていましたが、経験を重ねていくに連れ尚志さんは畜産に関心を持ち始めます。
「ちょうど三石町や農協が肉牛生産に力を注ぎ始めた時代で、助成金も出していたんです。さらに肉牛なら現在の土地面積で、かなりの頭数を飼育できるということもメリットでした」
初めて肉牛を手に入れたのは平成6年。わずか20頭からのスタートでしたが、毎年数十頭ずつ飼育頭数を増やし、反対に乳牛の頭数を減らしながら、徐々に経営の柱を肉牛生産へと移行していきました。
「その間には父から経営移譲も受けました。経営者になった当時から、他の牧場とは違うことに挑戦したいという思いは抱いていた気がします」
平成15年、肉牛育頭数が約130頭に達した時点で酪農に終止符を打ち、肉牛生産一本に。ここからまつもと牧場の挑戦が始まります。

昆布を餌にするという
日高ならではの飼育に挑戦!

およそ10年の歳月をかけ、肉牛生産への移行を実現したまつもと牧場。その当時に生産していたのは、全国へネームバリューを広げつつあったブランド牛の『みついし牛』でした。
「品種は一般的な黒毛和牛でしたが、三石で飼育した肉牛ならどれも『みついし牛』でした。個々の農家がどんなに飼育方法にこだわっても、逆にこだわらなくても、三石で育てられたものなら同じブランド牛になる。そこがどうにも腑に落ちなくて」
さらに『みついし牛』の評価が、松阪牛、米沢牛など全国にその名をとどろかせる一流ブランドと大きな隔たりがあるのも悔しかったと尚志さんは言います。
「繁殖から肥育までを一貫して行う生産体制、自然光が差し込み通気性も良好で清潔な牛舎、母牛は広大な丘陵地に放牧したほか、すべての牛に天然のミネラルがたっぷり入った自前の牧場の草を与えるなど、自分流ではありますが飼育法にはかなりこだわっていました」

でもそれだけでは、一流ブランドには太刀打ちできない。では自分にできることは何か。他の牧場にできないこだわりとはどんなものか。思いを巡らす尚志さんの頭にふと浮かんだのが昆布でした。
「言わずもがなの、日高の名産品です。商品になったものをそのまま与えるのではコスト的に見合いませんが、端切れやカケラなら調達できるのではないかと。私の姉が日高昆布の加工に携わっていたことも背中を押す要因になりました」
さっそくお姉さんに相談。話はトントン拍子に進み、近所の他の加工場で出た昆布の端材までいただけることに。
「もちろんこの時点では、昆布を与えることで肉質にどんな変化が生じるのか、味わいにどんな影響をもたらすのか、あるいは何も変わらないのか、すべてまったくわからない状態でした」
徒労に終わることも充分予想できた試みでしたが、もとよりチャレンジ精神が強い尚志さん。飼料に昆布を混ぜ、丁寧な肥育に励みます。そしておよそ30カ月。昆布で育てた最初の肉が出荷される段階に。さっそく東京食肉市場に持込み肉質の検査をしてもらうと…
「一番の違いはその見た目。昆布の色素の影響や、うまみ成分がアップすることによって、一般の和牛よりも赤身の色が濃くなるんです」
さらに赤身のイノシン酸が増えうまみもアップ。脂に独特の甘さが生まれた一方、くどさは感じなくなりました。
「これはいける、そう直感しましたね」と尚志さん。こうして誕生したまつもと牧場だけのブランド牛、その名は昆布の「こぶ」と黒毛の「黒」をとって、『こぶ黒』と名付けられました。

学びや修業を経て息子たちも牧場へ。
さらに高まる『こぶ黒』の知名度。

まつもと牧場がオリジナルブランド牛『こぶ黒』の商標を取得したのは平成21年のこと。最初の数年こそ、全国に無数にあるブランド牛ひとつでしかありませんでしたが、東京のとある食肉業社のプロが、『赤身の濃厚さ』と『食べ飽きしない脂(サシ)』に最大級の評価を与え、その名は一挙に広まっていきます。
「等級だけでは測れないおいしさや価値があるとの評価をいただきました。さまざまな試行錯誤を経験してきましたからね、純粋に嬉しかったです」

さらに尚志さんが喜んだのは、2人の息子が三石に戻ってきてくれたこと。長男は十勝の酪農ヘルパーとして、次男は横浜の精肉店で知識や経験を積み、両親の負担を少しでも少なくしたいと実家の牧場で働く道を選んでくれたのです。 「自分はしぶしぶ戻ってきましたが、息子らは親父とお袋のためにと帰ってきてくれた。我が子ながら本当に頭が下がります」
今でも尚志さんが忘れられないのは、修行中の次男が送ってくれた小さな荷物。その中に入っていた手紙には『がんばれ!まつもと牧場』とのメッセージが入っていました。
「がむしゃらにやって来ましたが、振り返ると、家族の支えや励ましがあったからこそ、頑張れたんだと思いますね」
現在のまつもと牧場の運営体制は、尚志さんとご長男が繁殖や肥育から育成までを、照世さんと次男が食肉加工を担当。さらに照世さんは百貨店の催事や地元イベントに出店するなど、営業活動にも前向きです。その一方、地元の飲食店等への直販もスタート。こちらのオーダーも高まる一方で、「受注がまかないきれず、セリで買い戻すこともあるんです」と照世さんはいいます。

『こぶ黒』を一貫管理するのが目標。
そこから広がる家族の夢。

酪農が苦手で畜産へ。よそと同じが嫌でこだわりの飼育に。一流ブランドに負けないとの思いで昆布の飼料を。そして子どもたちのUターン… 尚志さんの人生の節目に合わせるように、まつもと牧場は順調にその規模を拡大。生産される『こぶ黒』も業界が注目するブランド牛へと成長しています。
「現在の飼育頭数は250頭にまで拡大していますが、ここ数年はセリにかけてもすぐに馴染みの買い手が手を上げるため、常時完売状態が続いています。本当にありがたいですね」
今後の目標は自分たち家族の手で『こぶ黒』の販売まで行うこと。繁殖から肥育、食肉加工から販売まですべて一貫管理できれば、さらに経営のビジョンが浮かんでいくと尚志さんは言います。
「例えば『こぶ黒』を調理する飲食店と提携したり、あるいは自分たちで提供する『こぶ黒レストラン』を経営したり、あの丘陵に牧場を眺められる場を作ったり、あとは…」
大きく広がる尚志さんの夢。けれどそれらすべてが、そう遠くない日に現実になりそうな気がするから不思議です。

取材・文 山本 公紀

写真 工藤 了

株式会社まつもと牧場
日高郡新ひだか町三石川上360
TEL:0146-35-3253
http://kobu-kuro.com
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