10~11月へ

2011年12~2012年1月ギャラリーの第一歩!?本格的納屋いじりが始まる!

<11/28~12/4 札沼線の駅描き遠征 北海道医療大駅~百合が原駅>
2011年12月4日(日)
遠征から帰ってきて最初の仕事、雪はね。みぞれ状態の雪ははねるのも重くて大変!
2011年12月5日(月)
屋根の雪おろし。雪はねは午前と午後の一日2回(TоT)!
2011年12月6日(火)
富良野市山部のお米農家さんと友人と一緒にふらのチーズ工房にて味噌作りをする。毎年お味噌を作っているという農家さんから行程を教わりながら、3時間ほどで完成!味噌樽に重石を載せて、これから熟成。まぁじっくり育ててみよう。楽しい作業だった(^-^)☆
【コラム31】味噌作り体験!
友人が農家さんと一緒にお味噌を作ると聞いて急きょ参加させてもらった。その農家さんは毎年作っているというし、昔はどの農家さんも手作り味噌を作ったらしい。ご近所の畑で穫れた大豆と自分の家で穫った米から作った米こうじ、塩が原材料。他は何も使わない。圧力釜で蒸した大豆を扇風機で40度まで下げ、こうじと塩を入れて混ぜ、ミートチョッパーに入れて混ぜ出す。さらに蒸した大豆のゆで汁を入れて固さを決め、決まったら丸めて味噌樽に投げつける(空気を抜くため。空気が入っていると雑菌も繁殖しやすいらしい)! そして重石を載せて完成。ここから最低でも1年。その間何度か混ぜ返すといいと。へぇーっ!みんな味噌作りを冬にしていたんだそうな。収穫した作物を使って保存食を作る。農 閑期、時間に余裕が出来たらこういうことをするんだと感心。食文化はこうやって作られてきたんだといういい勉強になるとともに、収穫した作物と、農閑期の時間の使い方も非常に勉強になった。
2011年12月8日(木)
浅くしか積もってないけど、雪はね。我ながら、今年は雪はねがまめだと思う。
2011年12月9日(金)
何と昨夜は富良野の最低気温-24℃(TоT)!! どうりで寒いと思ったわけだ。庭の木々も樹氷になって!
2011年12月12日(月)~18日(日)
毎日のように雪はね、雪下ろし。ふぅ~。
2011年12月12日(月)
納屋の二階部分の床を張る作業を1月中に始めたいと、以前家の中の修繕をしてくれたデジ兄さんに相談してみる。
2011年12月19日(月)
納屋の床作りの件で、富良野ではちょっと知られたベテランのチューさんが手伝ってくれることに! 1月中旬にスタートと決定!
<12/21~29 青森県八戸市~茨城県鹿嶋市まで東北へ被災地巡礼行>
【コラム32】9か月経った東北被災地の現在
どうしても状況を自分の目で見る必要があると思っていた。9か月経った今、もしかしたら現地を回って少しでもお金を使うことが役に立つのではという思いもあり、苫小牧港から青森県の八戸港に渡り、東北の太平洋岸を伝って実家のある三重県まで長駆帰省の途に就くことにした。東北の被災地。実際目の当たりにして、絶句の連続だった。目に飛び込んできた光景は、これで9か月かと疑うほどだった。復興などという言葉はまだ先じゃないかと思う有様。それでも地元の人々にとっては、瓦礫がだいぶ取り除かれ、ある程度道が通れるようになり、ずいぶん改善したのだと思う。岩手、宮城の被災地の様子には、すさまじいものがあった。しかし、福島はそれに加えて先の見通しが立たない原発問題が加わっていた。希望を失っても致し方ないと思えたが、被災地では仮設のプレハブに商店主たちが店を出し、「仮設商店街」を作っていた。人は打ちのめされてもまた立ち上がれるんだという偉大な力を見る思いがし、その様子に感動せざるを得なかった。語り尽くせないものがこの8日間にはあった。誰もが言うように、こちらがかえってたくさんのことを教わった。その場ではほとんど何の役にも立てず、自己嫌悪さえ感じた自分だけど、今後この経験は何かに活きる、いや、何かに活かさなければならないと、強く思った。
<12/30~1/9 かつて暮らした横浜を経由し、三重の実家へ正月の里帰り>
2012年1月9日(月)
帰省のため、厳冬に2週間以上留守にしたが、ようやく家に戻る。早速積もり積もった雪はねに励むも、2時間でギブアップ(T_T)。とりあえず保留。家の中は、水回りなども含め、そんなに問題なし。ほっと一息。
2012年1月10日(火)
雪はね。まだもうちょっとあるなぁ…。デジ兄さんとチューさんと3人で床作りの打ち合わせ。作業開始は16日からに決定!しかし、ふたりが話している用語、工法、進め方、傍で聞いていてもちんぷんかんぷんだー(T_T)
<2012年1月10、11、13、14日 スキーレンタルのアルバイト>
2012年1月12日(木)
納屋の床作り作業を前に、納屋の片づけ。OK! これで床作りもスタート出来る。
2012年1月14日(土)
朝、雪はね。強風で吹き溜まり、締まって雪が重かった。
2012年1月15日(日)
雪はね、雪おろし。だいぶきれいになった。
2012年1月16日(月)
いよいよ納屋の二階床作り初日。チューさんが来てくれる。まずは足場を組み、二階の梁の上に敷いてある板を足場の上に下ろし、動きやすくする。その後根太材を並べ、水糸で水平を確認しながらのみで微調整し、梁の上にビス止めしていく。進みも早く、順調。いい感じ。一方、昨夜水落としをせずに寝て、朝起きたらなんと水道管凍結(T_T)! 申し訳ないことに、いつもお世話になっているスーパーマンさんに来て解氷してもらう(去年も2回来てもらいましたが…)。
2012年1月17日(火)
床作り二日目。二階の半面の根太打ち終わり。根太の下に天井用のベニヤを張っていく。仕事が速いなぁ。
2012年1月18日(水)
床作り三日目。二階の半面の根太下ベニヤ張り終了。次いで残り半面の根太打ち。自分はのみで梁を刻む手伝い。さて、昨夜もかなり気温が下がったのだけど、何とまたしても水を落とすのを忘れ、朝起きたら水道管凍結。顔面蒼白。あぁ…。スーパーマンさんに連絡し、これ以上迷惑はかけたくないから解氷機を買いたいと申し出る。「7万だよ」の声。撃沈。スーパーマンさんはまた解かしてくれたけど、申し訳なくて顔もしっかり見られず。完全に自分の落ち度。情けなや…。これに懲りて、水落としの前に外から断熱材を立て、雪で押さえる。チューさんの話では、これだけで全然違うとのこと。また、注意を怠らないように、台所に「水落とし」の貼り紙。さて効果は。
2012年1月19日(木)
根太下ベニヤ張り、天井作りが終了。さらに、ベニヤの角々に胴縁を打つ。元々梁の形が歪で張ったベニヤも波打っている部分があったため、それを矯正しながら胴縁を打つチューさんの作業は大変そうだった。それでも、残業までしてやってくれたので、天井が完成!これで今週の作業は終了。家をより暮らしやすくするアイデアもたくさんくれるチューさん。感謝!
2012年1月21日(土)
今シーズン最初の農作業手伝い。スイカの育苗ハウスのビニールかけ。この日の最低気温は-25℃。朝も-20℃くらいはあっただろうか。そんな中、いつものメンバー同士が元気な姿で再会し、「どうしてた? 元気だったかい?」と声をかけ合いながらハウス回りの雪はね、さらにハウス内の雪を投雪機ではねた後ビニールをかけた。寒かったけどさわやかな冬晴れで、久々の農作業で体を動かすのは、やっぱり気持ちよかった。3時半で終了。その後、月曜からの納屋での床作り再開に向け、片づけと掃除をする。
2012年1月23日(月)
納屋の二階床張り再開。まず、もう必要なくなった足場をバラす。その後、二階に上がって根太の上に乗り、グラスウール(断熱材)を根太と根太の間に切って入れる。その上から針葉樹合板を張る。今日で床の半分を張り終えた。もう一日だ。
そうそう、玄米の入った米袋を入れていた押入れ、久々開けたら米袋にネズミのかじった穴が! おれの大事な米を食いやがった(憤怒)!!速攻毒エサセット。米と一緒にしておいた。さあ腹いっぱい食え食え。
2012年1月24日(火)
やったー! 床を全て張り終える。そして、まるで道後温泉のすす払いのように、屋根下のほこりやクモの巣などを掃除。また、チューさんが持ってきれくれた滑車を使って階段をしっかり据え付け。無事付け終わり、これでようやく納屋の二階床作り作業終了! セットしたネズミのエサは全てなくなっていた。これで足音も聞こえなくなることだろう。ふー(‐_‐)。
2012年1月25日(水)
納屋の二階床作りは終わったけど、チューさんは水道管の凍結を心配してくれて、家の台所の床下断熱もしてくれることに。床を開けるとすごい冷気! 外の光が入ってるし、雪が積もってるんだもん。ほぼ外の状態。これじゃ水落としも凍れるべな。水抜き栓の埋まる土を少し掘り、電熱線を巻き、栓と外壁の間にグラスウール、スタイロフォームなど断熱材で覆って完成! 翌日は言われた通り水を落とさなかったけど、-20℃でも凍結しなかった! 狭い床下にもぐって作業してくれて、お礼の言いようもない。さらにチューさん、玄関が狭いと言って新たに玄関作り作業へ。
2012年1月26日(木)
一日玄関作り。壊すだけ壊して、あとはある材料でうまく改装していく。やっぱり腕だなぁと思った。時間内に作業も終了! これでいよいよ今回のチューさん作業ひと段落。本当にありがとう、チューさん!☆
【コラム33】大工仕事
大工仕事は、長い間受け継がれてきた家を作る技術である。日本の木造建築の技術の高さは世界に誇るところでもあるが、大工の人々が持っている技術のそれぞれは、たとえ市井の大工といえど、感嘆に値するものだ。これから身に付けていくためと、教えられたり実際に手伝いながら大工作業に当たったが、「寸分違わぬ」という表現がまさにぴったりくるその作業に、傍から見ていてうなるばかりだった。世の中、何でもやはり「腕」だと痛感した。一朝一夕では到底身に付かないものがそこにはある。今年のように寒い冬には、家の造りや家という存在そのものが非常に大切だ。家は人間の生活の基盤。後ろで見ているだけに過ぎなかった今回ではあるが、簡単なところからでも自分で大工仕事をやっていこうと思う。その腕を持つことがこれからの人生に大いに役立つことは、言うまでもないことなのだ。
「衣・食・住」、生活の基本を感じた厳寒の2012年冬
拡大自分の人生を変えるほどの出来事だった12月末の被災地巡り。昨年の3月11日、大震災が起こった。その時、まず人々が必要としたものは、水と食料。そして、避難場所。被災地に送られたてきたもので大切だったのは、衣類。「衣食住」という言葉があるが、大きな災害時にこれらがいかに大切で、生活の根幹を成すものかをあらためて認識した。
1月になって富良野に戻り、ほったらかしに近かった納屋をいよいよいじりだし始めた。そこで、大工の知識と腕が何を生み出すのかを間近で見た。2年がかりで家の周りに「食」の生産の場を作り、今回は「住」の世界に少しだけ首を突っ込んだ。そこで自分がそれなりに生活の根幹を成すものに関わっているんだと感じ、こういう進み方でいいように思えた。
とても寒い2012年の冬。家の造りは生活の快適さに大いに関わっている。家の大切さをしみじみ感じる。そうこうしているうちに、もう2月。これからはいよいよ「食」作りの時期に入ってくる。さあ、そろそろだぞ。「食」の生産に携わる重要さをしっかりと心に留めておこう。そして、来るべき春を迎える。あぁ、雪解けと草木の芽吹きがもう待ち遠しくてたまらない!
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