10~11月(前編)へ
2012年11月2日(金)
庭のオンコの木にまたよじ登り、さらに高いところの枝も切り落とす。高所恐怖症だと言いつつ、全然懲りないんだな、俺。でも、これですっきり。もう木には登らないぞ!
2012年11月3日(土)
この前トラクターで起こした土に堆肥と鶏糞を撒き、鍬で耕す。
2012年11月4日(日)
ポットに入ったままのアスパラの残り苗を、トラクターで起こして耕した畑に定植!こんな時期に定植してしまった。ポットのまま越冬させるのが忍びなかったので。だけど、来年ちゃんと芽は出るかなぁ…。
2012年11月5日(月)
秋晴れの中、農作業手伝い。トラクターで来年用のマルチを敷き終わったスイカのハウスの扉の取り付け。暖かくてTシャツで仕事。
2012年11月6日(火)
引き続き、農作業手伝い。排水の関係で壊したハウスの入口部分をもう一度組み立てる。
2012年11月7日(水)
デジ兄に来てもらい、断熱をする予定の家のもうひと部屋の材の見積もりと発注。材もすぐに届く。いよいよ部屋の第2次改装スタートだ!
2012年11月8日(木)
農作業手伝い。ハウスの組み立て。鉄骨を切って出た余分な鉄管、イマイ畑のアスパラの倒伏防止ロープ張り用にぴったりでもらってきた。よしよし。
2012年11月9日(金)
早起きしてもらってきた鉄管をアスパラ畑に挿す。その後農作業手伝いへ。仕事が2時までで終わったので、家に帰ってアスパラの倒伏防止ロープを外し(雪が降る前に外さなくてはならない)、アスパラも刈払い機で刈る。今までは春に刈っていたけど、今年は試しに刈ってみた。半分刈ったところでお隣のユンボ神登場!「刈らずに残しといたほうが保温にもなっていいんだぞー」確かに…。まぁどっちがいいのか試してみないと分からないので、1面は刈って、1面はそのままにしておこう。
【コラム47】アスパラの越冬
木や葉っぱが黄色く色づいたら、養分がすべて土(根っこ)に還ったということ。こうなったら刈ってもいい(秋に刈っておけば、春に刈る手間が省けて作業しやすい)。でも、刈らずに春に刈る手もある。木や葉が蓄えた養分をよりすべて土に還元出来ているからだ。わずらわしくなければ春に刈ればいい。ただ、アスパラの天敵・ジュウシホシクビナガハムシは木や葉の中で越冬するので、刈っておけば安心というのもある。前コラムの不耕起栽培の項もそうだったが、「果たしてどちらがいいのだろう」と選択を迷うことが農業にはよくある。はっきりと「こっち!」と答えを言えないのが農業かも知れない。携る人それぞれに理念があり、それぞれの畑に適性もあるだろう。その答えを経験で導き出すのが自然と対峙する農業の取り組み方だろうし、経験値の多さこそが農家の武器と言える。経験を得るためには失敗はつきものだし、失敗もまた大きな経験。新米でほとんど素人のようなイマイである。とりあえず正しそうなほうでやってみて、どうするのがベターなのか頭と身体で確かめながらやっていこうと思う。
2012年11月11日(日)
アスパラの倒伏防止ロープをすべて外した。これでいつ雪が降ってもOK。
友人が家の断熱用に使えるグラスウールを、いらないからと言って持ってきてくれる。感謝!
【コラム48】ギブ&テイクの町
移住者が多い富良野の町。かく言う自分も移住者である。以前「手間返し」という言葉をコラムで取り上げたことがあったけれど、仕事で借りた手を仕事で返す他にも、地域の人から、または同じ移住者から何か足りないものを工面してもらうこともよくある。そういう意味ではコネクションと情報交換は大切だ。「何々が欲しい、探している」という希望を誰かに伝えると、人から人へと情報が伝わり、思わぬところから「誰それのところにあるよ、譲ってくれるってさ」などと声がかかる。欲しいものの中でも大切なのは「仕事」。仕事を探している(仕事がしたい)と口にしていると、どこからか声をかけてくれる(こともある)。それでいい仕事と巡り合えれば幸運だ。
富良野の人々はそうやってお互いに助け合い、支え合っている。いい意味でも悪い意味でも情報が筒抜けの小さい町だからこそ、「ギブ」を受ければ「テイク」で返すようにしながら助け合っていきたいものである。
2012年11月12日(月)
この日から解体の仕事に行く。ここ数年秋から冬へ農作業とスキーレンタルの仕事のつなぎでやらせてもらっている仕事。芦別のデパートの解体。久々にやって、楽しいけど汚れるし、全身が筋肉痛にもなるし、大変だー。仕事後、少しだけ部屋の断熱作業。
2012年11月14日(水)
庭の水道ホースも納屋にしまい、水を落とす。そろそろしばれもやってくるぞ。
2012年11月15日(木)
車のフロントガラスも霜が降りる夜。明朝は-4℃の予想。いよいよだ。
2012年11月16日(金)
解体仕事を一日休んで、今日が農作業手伝いの今シーズン最終日。育苗ハウスのビニールを新しいものにかけ直す。朝は-4℃で一面に白く霜が降りる。まったく無風でお日さまも顔を出す中、順調に仕事を終え、これで今年の農作業も完全終了!!すっきり!お疲れさまでした。早上がりだったので、家のイチョウの木を伐る。一本だけ倒した。
<11月21日から12月4日まで、依頼がありタイへ出張絵描きへ。留守の間に水道管が凍結したりしないように水を全て落として、いざ出発!>
3年間の農作業を振り返って
「3年」という言葉を書いてみて、そうかそんなに経ったんだなぁと思った。
今住んでいるこの家を購入したのが2010年の2月末。400坪の土地があるものの、数年間誰も住まないまま放ってあった状態であった。4月、納屋でお披露目会をした。小さな農業を始めるにあたっての、小さなお披露目会であった。それから3シーズンの農作業期間を経て、手つかずだった土地も、納屋が建っていた土地も、今では一応「見られる」姿の畑になった。あらためてスタート時を振り返り、今の畑の状態を見ると感慨深いものがある。
2010年の1シーズン目は、農作業と言ってもただ鍬で畑を耕すことだけだった。夏の暑い日、雑草ばかりの地面を、「こんな土地が本当に畑になるのかなぁ…」と思いつつも、やみくもに鍬を振り下ろした。額や全身から汗が噴き出した。それでも同じ土地を何度も何度も縦横に鍬で起こし、何とか形だけは畑のようになった。青天の霹靂は秋に訪れた。通っている農家の親方から、「知り合いの農家が苗を立てたアスパラ、植えないことになったっていうんだけど、イマイ君いるか?」と声がかかったことだ。「いります!」と即答。そして、アスパラの苗が家にやってきた。ありがたいことに、そのアスパラたちは耕し終えた畑に植えられることになったのだった。
翌2011年の冬から、ただの物置になっている大きな納屋を壊し始めた(春に壊し終える)。2面目の畑作りを目指すシーズンのスタートだ。壊し終えた土台の地面に作物を植えたってよく育つわけはないから、地域の営農組合からユンボを借りてきて、表土を取って別の土地から肥沃な土を客土した。お隣のおじさんが見に来て、「それじゃダメだ」と手を貸してくれた。おじさんはわざわざ親戚からトラクターまで借りてきてくれて、最後に耕して起こしてくれた。そうして2面目の畑が完成!去年植えずに余ったまま越冬させたアスパラたちを植えた。その間、川っぺりに果樹を植えたし、小さい場所で家庭菜園をし、ミニトマトや取れた作物を富良野の公設市場に出荷した。出荷するための番号を取得し、出荷カードも手にした。収入にはほとんどならなかったが、先々の手がかりは得た。
そして今年、3シーズン目は管理をメインにした。アスパラは順調に育った。ひとシーズンの作物育成の推移が大体身に付いた。市場への出荷は自重した。来年アスパラの本格出荷を目指して、中途半端な作物を出すのは止そうと思ったのだ。農作業の合間を見て、家や納屋の改良なども手掛けた。
かいつまんで話しても色々とリノベートしてきたわけだが、要するにゼロからスタートし、ゼロだった土地から作物が取れるところまでは進んだのだ。ゼロから何かを生み出すことの難しさは絵を描くという分野でも常々感じているけれど、大地のゼロから何かを生み出す農業には、難しさは然ることながら、「神秘」のようなものがある。驚くべきミラクルで、我々は食物を生み出し手に入れ、口にする。最も重要なことは、「我々はそれがなければ生きていけない」ということである。
「家庭菜園規模の農業」への道へと進んでから3年。曲りなりにも形は出来た。それがこの日記で書き続けてきたことである。農業は一足飛びには出来ず、時間がかかる。自然に対し、手なずけ、我慢し、隙を窺いつつ進む。その努力はいずれ、滋味溢れる作物となって現れ、我々の血肉となってくれるだろう(そう信じるのだ)。

この3年の記録はいわば、離陸準備が整ったくらいのところかも知れない。来年アスパラを出荷する気ではいるけれど、本当にそうなるかどうかも分からない。ちゃんと離陸出来るだろうか?何しろ自然相手。自然は予測不可能でいつも気まぐれなのだ。
この3年の間に色々なハプニングがあって(大雨による川の増水で避難勧告、度重なる水道凍結、ネズミとの闘い、丸のこで足を切る云々)、毎回何かしらハプニングが起きていたような気がする。そして、これからもあるだろう。それが生活、それが農作業。また、農作業が絵描き業に色々といい影響を与えていることも確かで、お互いが相乗効果を与え合っている。だから、次々とハプニングが起ころうとも、僕はこのまま農作業を続けていくだろう。
ただ、とりあえずここでこの日記はひとまず終了することにする。ここまでの期間が当初の日記を書き続ける目標だったので。ほとんどお楽しみはこれからというところだけど、あえてこの先は出し惜しみしよう。
来年のイマイ畑の収穫を乞うご期待!失敗したら、告白しません(笑)。でも、個人的には日記を付け続けていきますし、またふと帰ってくるかも知れません。その時にまたお会い出来たらと思います。
3年間のご愛読、ひとまずありがとうございました。イマイは今後も少しずつ、牛のようにゆっくりと、失敗を繰り返しながら畑仕事にいそしみます。
最後に…、
何だってやればできる(はず)!頑張っていきましょう!! イマイカツミ
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