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2010.01.29 UP

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vol.1

父と息子が支え合う農園。
そして、それぞれが思い描く道。

親子で就農 中田 浩二さん・明宏さん
父・中田 浩二(なかたこうじ)
1951年生まれ
十勝清水町出身
息子・中田 明宏(あきひろ)
1976年生まれ
帯広市出身
introduction

生涯現役でいたいと、定年後の仕事に「農業」を考えた父・中田浩二さん。その夢に途中から合流した息子・明宏さん。現在、農作業は息子の明宏さんが専任、定年後も関連会社に再就職し仕事を続けている父親の浩二さんは、週末農家として農園を支えている。ハウス1棟という小さな一歩からスタートした中田農園は、現在ハウス7棟と露地でゴーヤ・トマトを中心に、ミニトマト、きゅうり、なす、16ささげ、ピーマン等、多品目を栽培。農園を通して、父と息子のそれぞれの夢が広がりつつある。

stage1 さっぽろ農学校

きっかけは「生涯現役」

きっかけは些細なことだった。定年を迎えて会社を去っていった仲の良い先輩達が何となく元気がないように見える。「自分は生涯現役でいたい、何か目的を持って生活をしたい」そんなことを考えていた中田浩二さんが思い至ったのは、自分の親や祖父もしていたという「農業」。「定年から5年後には年金がもらえるし」という軽い気持ちもあったと浩二さんは言う。そして、札幌市の広報誌で偶然見かけた「さっぽろ農学校1期生募集」の広告に応募したが、倍率が高く残念ながら落選。これが定年の4年前、浩二さんが51才の時だった。翌年2期生募集の頃には、浩二さんの気持ちも真剣なものに育っていて、その気持ちを込めた応募書類で合格。さっぽろ農学校で出会った仲間とは意気投合し、普段の遊びも旅行も農作業も、いつも一緒に充実した時間を過ごし、今でも良い関係が続いているそうだ。

stage2 野村農園にて研修

長年の経験で培った、
沢山の知恵を持つ一人の農家との出会い

「○○さんとの出会いがなかったら、就農は難しかったかもしれない」多くの新規就農者がこんな言葉を口にする。浩二さんも偶然、「そろそろ引退をして自分の畑を譲りたい」と考えていた野村さんという農家に、札幌市の紹介で出会う。浩二さんは1年間、野村さんが畑仕事をしている後ろを、ただ着いて歩いていたという。最初に教えられたのは、「野菜を育てることは人を育てることと同じだ」ということ。赤ちゃんも育苗している苗も、太陽の下に裸で放置しておくと火傷をしてしまう。甘やかしすぎると自立できない子どもに育つように、苗に水を沢山あげすぎると成長は早いがひ弱になってしまう。またある時は、子供用の壊れた手押し車を利用して潅水チューブを巻き取る機具を作ったり、スコップや鍬の柄を自分が使いやすい長さに切って使っていたり、野村さんが畑で使う様々な道具は手作りまたは使いやすいように改造されているという。野村さんの長年の経験で培われた知恵や知識を、浩二さんはひとつひとつ吸収していった。

stage3 ハウス1棟からのスタート

お金がかからない農業を

野村さんと出会って2年目には、ハウス1棟を任せてくれたそうだ。この頃から息子の明宏さんも一緒に農業をやりたいと合流している。栽培品目の中心に選んだのはゴーヤとトマト。ゴーヤはさっぽろ農学校の講師がこだわりを持って作っていたもの。トマトは野村さんの専門。どちらも一人前に作れるようになれば、「農家」になれると思ったそうだ。また、「お金がかからない農業をしないさい」という野村さんの計らいのもと、古いハウスの曲がったパイプを直して使ったり、既にある材料は何でも貸してくれたり。今でも借りているのか貰ったのかわからないものが沢山あるらしい。但し、「安全面の配慮」と「続けていくという覚悟を持つため」にトラクターは自前のものが良いと勧められ、中古のものを購入した。農地も購入し、今ではハウス7棟と露地で沢山の品目をつくるようになった。

stage4 農家として

つくるのも難しい、売るのも難しい

2008年7月には北海道の認定農家となり、自他ともに認める「農家」になったのだが、「つくるのも難しいですが、売るのも難しい」と言う。生産量が多くはない中田農園では市場には卸さず、近くのホクレンショップの「もぎたてコーナー」を中心に、石山や駒岡方面の朝市などで野菜を販売している。徐々に噂も広がり、いろいろな売り場を紹介してもらえるようになったが、日々の農作業をしながら販売先も自分達で探すというのは、やはり楽なことではない。最近は、ススキノにあるフレンチレストランと意見交換をしながら、わさび菜、赤水菜、レタス・ロッサ等、様々な野菜づくりにチャレンジしているが、まだ一度も農薬は使っていないというこだわりの野菜も、どんなに味が良くても見た目が悪ければ使ってもらえないそうだ。

stage5 今後の目標

父と息子、それぞれが思い描く道

現在農作業に専念している息子の明宏さんの目標は、やはり「ちゃんと収入が得られる農家」である。売上が伸びない月には落ち込んだり、年に何度かは「働きに出た方が良いのでは?」と家族会議も行われたりもするそうだ。少ない面積で効率よく、一生懸命つくったものは、できるだけ廃棄せずに全て売り切れるよう頑張りたいとのこと。
一方、「大地と太陽と水に携わっていると本当に元気をもらえる」と感じている浩二さんは、「自分で食べる野菜の種を、自分で蒔いて育てることの素晴らしさ」をもっと沢山の人に味わって欲しいと考えている。いつか自分にもっと技術や経験が備わったら、働きながら1反(約10アール)でもいいから本格的な畑を持ちたいと考えている人達のコミュニティをつくり、仲間で助け合ったり連携したりできる仕組みを作れたらと、そんな夢を描いている。

message 新規就農希望者へ

明宏さんからは、「良い先輩を見つけることだと思います。そうすれば人の輪がどんどん広がるし、つくる技術だけではなく、沢山のことを教えてもらえます」と。人とのつながりの中で一歩一歩進んできた明宏さんの、実感のこもった言葉である。
浩二さんは、自宅から10分という場所で農業をしていた野村さんという人に出会えたこと、ハウス1棟という小さなスタートを切れたこと、全てが恵まれていたという。だから新規就農希望者へのメッセージというよりは、国や北海道へのメッセージとして「小さくても農地を取得して、働きながら農業ができるような仕組みや環境を整えて欲しい」という希望を。これが実現すると、多くの人が農業に関われるようになり、浩二さんの夢にも近づくことができる。

中田農園
北海道札幌市南区南沢2条2丁目9-17
TEL:011-572-6070
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