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2010.08.30 UP

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vol.5

福岡県出身。海上保安庁から一転、
「いつかは農業」という夢をかなえ、
三笠で新規就農。

約40品目196品種 [H22年度] 野見山 朋秀さん
1978年生まれ
福岡県出身
introduction

海上保安庁から一転、新規就農という異色の経歴を持つ野見山朋秀さん。一見遠回りかと思える偶然の巡り会い、ある日突然かかってきた知り合いの農家からの「引退を考えているが、やる気があるのであれば、全てを引き継いでこの場所で農業をやらないか?」という1本の電話、そして決断力。どれか一つが欠けても今ののみやまファームはなかったかもしれない。そしてデータ収集からのシミュレーション力、驚くべき経営センス、就農後の舵取りにも非凡なものがある。

stage1 福岡県
農業への興味

子供の頃からいつも近くにあった土や野菜。

親や祖父母が自分達のために作っていたという本格的な畑のおかげもあり、土や野菜はいつも野見山さんの近くにあった。親を真似て、苗を買ってきては植えて育ててみる、ということも子供の頃から繰り返してきた。そんな野見山さんは、いつしか農業の研究の分野に興味を持つようになった。高校の頃には、農業改良普及センターや育種研究所などで働いている将来の自分の姿を思い描いてみたり。大学は千葉大学の園芸学部を志望し合格したのだが、経済的な理由もあり千葉大学への進学は断念。叔父の勧めで海上保安大学校へ入学。一見、農業の夢は全く遠のいてしまったようであるが、この大学で、生涯のパートナーでもあり、農業の世界との縁を導いてくれた絵美さんに出会う。

stage2 福岡県
農地との出会い

「三笠市達布(たっぷ)777番地」との出会い。

夢は遠のいたが、インターネットでの情報収集や、短期の農業体験ツアーなどへの参加などは続けていたという。まだ結婚する前のこと、野見山さんが3カ月間海外研修に行っている間に、絵美さんが担い手センターへ10日間の農業研修を申し込んだ。たまたま絵美さんが札幌出身だったことが影響したのか、申し込み先は札幌の農業担い手育成センター。そして紹介されたのが、三笠の山崎ワイナリー。山崎ワイナリーではそれほど忙しい時期ではないからと、隣の農園のお手伝いも。そう、この場所こそが現在ののみやまファームであり、前オーナーである後藤さんの農園であった。絵美さんは、まるで将来自分達が農業を営む運命の場所だと知っていたかのように、野見山さんが研修から戻って数日のうちに、二人で後藤さんの農園を訪問している。以来、年に1~2度北海道に来た時には立ち寄り、一緒にお酒を飲んだり農作業を手伝ったりという関係が続いていたという。

stage3 東京都
決断

突然訪れた転機、そして決断。

一方で仕事は、海上保安庁の巡視船の機関士、練習船の教官、外務省への出向と、農業とは全く縁のない状態が続いていた。遂には霞ヶ関勤務となり東京で生活をしていたある日、後藤さんから突然「引退を考えているが、やる気があるのであれば、全てを引き継いでこの場所で農業をやらないか?」という電話が入った。親や親戚に相談しても反対されるだけと、意見を聞きたいと電話をしたのは知り合いの新規就農者一人だけだった。夫婦2人だけで相談し「こんなチャンスはもう2度とないかもしれない、良いも悪いもやってみなければわからない。」と、たった2~3日の間で決断をしてしまった。この決断を支えたのは、地道ながらも貯め続けてきた資金や、情報収集や研修への参加を続けてきたという情熱だったのかもしれない。

stage4 三笠市
研修~独立

じっくりと研修のはずが、突然経営者へ。

当然のことながら研修は、現在ののみやまファームがある場所で、前オーナー後藤さんのもと行われた。2年間の予定だった研修だが、様々な事情により1年間で終了。2年目は野見山さんがオーナー、後藤さんが野見山さんに雇われるカタチで農園を手伝いながら教えるということになった。親方と弟子の関係が部分的に入れ替わる、上手く行かないことは想像に難くない。それでも「実際に自分が農業を営む場所で、この土地の風や空気、水の流れなどを感じながら研修ができたことは大きかった。」「どんなに素晴らしい研修を他の場所で受けたとしても、水が溜まってしまう場所や風が抜けずに湿気ってしまう場所など、それは畑固有のもの。普通は畑を手に入れてから苦労することを、研修期間に学ぶことができました。」と野見山さんは研修期間を冷静に振り返る。

stage5 三笠市
経営者として

つくるだけではなく、経営するということ。

通常、畑をそっくりそのまま引き継ぐということは、栽培品目や販路などもそのまま引き継ぐこととなる。しかし、研修1年目から作業時間や様々なコストなどのデータを収集していた野見山さんは、このままでは成り立たないと判断し作戦を練っていた。連作障害を避けるために計画的に数棟のハウスを休ませたり(作付け面積を減らす=減収ではなく、作業効率やコスト・収入が考えられたバランスの良さへと繋がっている)、リスクを分散させるための理想を探るために、品目数を5品目から40品目へと増やしてみたり。データ収集からのシミュレーション力は前職で培ったものなのか?その、想像力、計画力、判断力などを兼ね備えた経営センスは驚くべきものがある。昨今の天候不順も、全てを天候のせいにするのではなく、上手く行かない原因ひとつひとつ探り、解消することで軌道に乗せて行こうと奮闘中である。

stage6 三笠市
これから

のみやまファームが目指すもの

例えば、ミニトマトは糖度ばかりが求められる傾向にある。しかし「なんとなく酸っぱそうに見えるから」という理由で赤よりは人気がない黄色いトマトも、品種名やその説明を消費者にきちんと伝えることで普通に売れるようになるそうだ。「何でもミニトマトってひとくくりに売られていますけど、本来ミニトマトって名前じゃないですから(笑)。それぞれの品種ごとにちゃんと名前があるし使い方もいろいろある。そういうことも伝えていきたいんです。」と野見山さんは言う。
『「うまいものとは何ぞや」にこだわり、食べていただける人の五感と食に対する知的好奇心を刺激する』これが、のみやまファームのキーワードだ。消費者との一歩進んだコミュニケーションのあり方を、今野見山さんはあれこれと思い描いている。

message 新規就農希望者へ

野見山さんのように、農地が一番最初から決まっているというケースは珍しい。実際、野見山さんも、農地が見つからずに研修を続けている「研修ジプシー」を何人も見てきたという。そんな方達へいくつかのメッセージをもらった。
「条件が悪くて採算が合わない土地だから手放したりするのであって、基本的に新規就農者に条件の良い土地はまわってきません。だから、どこかで決断をする必要があるし、決めて入ったからにはその土地の流れに従う必要があります。」と、まずは決断力について。次に「妥協できた理由をちゃんと理解すること」「上手く行った原因、失敗した原因などを明確にして『なんとなく』を減らすこと」「そのためにいろいろなことを数値化していくこと」「たまには俯瞰的に自分を見て、『大丈夫?』と自分にツッコミを入れること」など、バランス感覚に溢れた野見山さんらしい言葉。「そして何より、集合研修で出会った同期の新規就農者たちが道内各地にいますが、彼らは今でも大切な仲間です。きっといい相談相手になりますよ。」と野見山さんから溢れ出る言葉は止まらない。

のみやまファーム
〒068-2163
北海道三笠市達布777番地
http://www.nomifarm.com/
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