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2011.07.01 UP

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vol.5

理想の農業を求めて
“放浪”の末にたどり着いたのは、
石狩市高岡での循環型農業。

トマト農家・養鶏農家 岩城 国男さん(石狩市)
1966年生まれ
北海道出身
introduction

好きで就いた旅行関係の仕事を辞め、新規での就農を志した岩城国男さん。5年にわたる“放浪”期間のなかで自分が目指す農業のカタチを探し、理想に向かっていく。なかなか研修先が見つからない、農地が決まらないなどの困難も持ち前のポジティブさで乗り切って、ついに2001年2月、農業者認定を受け、石狩市では二番目となる新規就農を果たす。それから10年、岩城さんの理想は“循環型農業”という実を結び、“農業の6次産業化*”という花を咲かせようとしている。
*6次産業は、生産者が1次産業の生産だけではなく、2次の加工、3次の流通・販売までを行うこと。1+2+3=6ということで「6次産業」と呼ばれています。

stage1 きっかけ

きっかけは「安全で美味しいものを自分で流通させたい」という思い。

1994年28歳の時、岩城さんは勤めていた旅行代理店を退職した。理由は3つ。まず、危惧されていた食品の安全性に対して、自分でも何かできないかと思ったこと。当時、農薬や食品偽装の問題が社会を騒がせており、それを正したいという気持ちが岩城さんを動かした。次に、起業を考えていたこと。旅が好きで、旅行を専門に学び仕事にしていたものの、サラリーマンには向いていないと感じていたらしい。当然のように、起業という選択肢に結びつく。そして、幼いころから自然が好きだったこと。札幌の街なかで生まれ少年時代を過ごした“街の子”は、夏休みになると祖父母がいた東神楽町の豊かな自然のなかで、飽きることなく遊んでいたという。稲作農家だった祖父母の働く姿を見ていたので、漠然とながら農業への憧れもあったのだとか。安全で美味しいものを流通させたいという決意、起業の意思、自然が好きなこと。3つが重なったとき、岩城さんの農業への道が開いた。

stage2 放浪

“放浪”しながら、
自分にとって理想の農業のカタチを見つける。

ひとくちに農業と言っても、栽培作物や方法などジャンルは広い。自分に合ったものを探すためというのが、退社後5年にわたる“放浪”の理由なのだそう。放浪先は幅広い。東川町を皮切りに、子どものころからなじみがある東神楽町など道内各地をめぐり、新潟ではトマト農家、福島では米農家で経験を積んだ。農業・畜産が盛んなニュージーランドへも渡っている。ニュージーランドで見聞きしたことが、いまの、そしてこれからのノーザンノーサンの礎となっているようだ。経験を重ねるなかで、岩城さんには自分が目指すべき農業のカタチが見えてくる。新規就農であること、利益率や生産性、販路の確保などを考えると、都市近郊型・集約型・施設栽培を組み合わせたスタイルがふさわしいと思われ、「石狩市でのトマトのハウス栽培」に決めた。トマトにしたのは、味の差が出やすい作物だということと栽培方法が自分に合っていると感じたこと。美味しいトマトは売れるし、収穫量が安定しているハウス栽培なら高収益が期待できる。

stage3 研修

新篠津と石狩、2つの土地での農業研修。

農業研修は基本2シーズン(4月~11月)。地元・石狩市での就農を決意した岩城さんは、研修先についてまず石狩市役所に相談する。ところが、研修の受け入れ体制が整っていなくて、地元での研修を諦めなくてはならなかった。その後、石狩管内にエリアを広げて探すが、なかなか思うようには運ばない。研修先の紹介を依頼していた担い手育成センターからも連絡がない日が続いた。そんななかで参加した「農業法人フォーラム」の会場で、偶然に“運命の人”オーガニック新篠津の大塚さんと出会う。それが縁で、ようやく岩城さんは農家への第一歩を踏み出すことになった。1999年4月、大塚さんのツテで新篠津村の農家での研修が始まる。そこでは水稲・ハウス栽培の花卉・露地野菜に関わる作業をした。翌年、やっと石狩市の研修体制が整ったことを知り、石狩市高岡のトマト農家に研修先を変更する。自分の理想の農業に向けて一歩前進した。

stage4 農地との出会い

JA部会の取持ちで、
ハウス栽培に適した農地と出会う。

2年目の研修も終わりに近づいた2000年10月はじめ、いまの農地と出会う。研修でもお世話になっていたJAいしかりミニトマト部会からの紹介だったそうだ。宅地付きではないなど多少難はあったけれど、農業用水が整備されてハウス栽培に適した土地だったため、一週間ほど検討したあと購入を決めた。岩城さん曰く「農地取得には情報量とタイミングが大切」。新規就農者は土地の事情に詳しくなく、行政とて必ずしもすべてを把握できているわけではない。そこに、新規で就農する場合の農地獲得の難しさがある。岩城さんが農地を手に入れられたのは、決して偶然の賜物ではない。「研修は技術を学ぶのはもちろんだけれど、土地への顔見せの意味合いも強い。就農には、その土地になじめるかどうかも重要になる」と、岩城さんは言う。そう、研修をとおして地元農家の人たちとの信頼関係が築かれていたからこそ、部会からの紹介という形で、いまの農地と出会えたのだ。

stage5 「売る」ということ

難しいのは、作ることではなくて売ること。

いざ就農して感じるのは、生産したものを売ることの難しさだという。岩城さんが言うには「農業は産業だから、売る努力が大切」。そこが、既存の生産者の苦手分野であり、実際にやってみると難しいところらしい。農作物を作るには技術が要るとはいえ、熱心であればできる。真面目に取り組めば成果も出る。それ以上に売ることが、難しい。また、自分の努力だけではどうにもならないこと、例えば天候や風評などの外的要因によって価格が左右されてしまい、収入が安定しないという厳しい現実もある。難しさ・厳しさがある一方、楽しいことももちろんあるわけで、岩城さんにとっては自然のなかで働けるのは幸せなことのよう。天気や気温などままならない自然や生き物を相手にするので、同じように作業しても結果に違いが出る。日々同じようでも、実は同じことなどない。それが面白みでもあると話してくれた。

stage6 これから

ノーザンノーサンがたどり着く先は、
“循環型農業”と“農業の6次産業化”。

これから目指すものは、2つある。まず、循環型農業の確立。実はすでに、トマト栽培と2009年から始めた養鶏によって「農村での循環」を行っている。そして、JAや生協、豆腐屋など近隣の企業から野菜くずやおからなどニワトリのエサとなるものを買って、ニワトリが産んだ卵をその企業に卸すという仕組みを作り、「社会のなかでの循環」も達成している。放浪先のニュージーランドでは当たり前だった循環型農業を、岩城さんは初めから視野に入れていたのだ。しかし、いまの状況はまだまだ入り口にすぎない。循環型農業を地域みんなで創っていきたいという希望が、岩城さんにはあるのだ。もうひとつの目標は農業の6次産業化。これは、農産物を作る(1次産業)だけではなく、加工して(2次産業)販売までする(3次産業)という取り組みだが、間もなく実現されそう。JAいしかりの樽川直売所には加工場が併設されていて、許可さえあれば生産者が自由に利用できる。岩城さんは、そこで自慢の卵「イコロラン」をイタリアンスイーツ“カタラーナ(冷凍焼きプリン)”に加工して、直売所で販売することを考えている。6月には許可が下りる予定で、それが叶えば岩城さんの夢はますます大きく広がる。

message 新規就農希望者へ

「農業はエネルギーがとても必要な仕事なので、情熱だけは持っていてほしい」。常に理想に向かって歩んでいる岩城さんからの、これから新規就農を目指す人たちへのメッセージだ。予定どおり思いどおりには事が運ばない農業という仕事。そこで大切になるのが“情熱”と“理想”だという。理想とは自分の農業のスタイルのこと、情熱とは諦めないこと。自分が目指す農業のカタチを決め、決めたらそれを貫き通すことが大切だと語ってくれた。そして、岩城さん自身を支えてきたことなのだろうと感じたのだけれど、「ポジティブでいること」も、農業を続けていくうえで重要なポイントとなりそうだ。

ノーザンノーサン
〒061-3481
北海道石狩市八幡町高岡34-5
http://www10.plala.or.jp/k-iwaki/
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